
ビラ・シリーズ
ビラ・ビアンカ、ビラ・グロリア、ビラ・セレーナ、ビラ・フレスカ、ビラ・モデルナ、ビラ・ローザに住みたい!
貸したい、売りたいオーナーを全力でサポートします。

坂倉建築研究所や有名建築家による設計で、米「LIFE紙」や欧州雑誌にも紹介された。時代を先駆ける画期的な試みや斬新なデザインが魅力。 |
デザイナーや建築を志す者の見学が後を絶たない。 |
初期シリーズは東京オリンピックの年に建てられたものにも関わらずわらず、細かなメンテナスがほどこされ、美しい外観を保持している。 |
ビラシリーズ物件限定での空き待ちをする人が必ずいるため、早期の入居・売却が決まる。 |
ビラ・グロリア 栄光の館
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1972年、神宮前の通りに面して ビラ・グロリアは誕生しました。 一階ごとに、テラスと住居を繰り返しています。 建物名称:ビラ・グロリア (栄光の館) 所在地: 東京都渋谷区神宮前2−31−7 施工年月:1972年9月 構造:SRC造 地下1階、地上10階 総戸数30戸 設計:大谷幸夫大/大谷研究室 施工:鴻池組 【2012.01.10更新】 只今、賃貸にて空き物件有り! お問合せください |
ビラ・セレーナ 静寂な館
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都心居住を考え、周囲に住居を配置したプライベートな中庭、中庭を見下ろすブリッチなど、 豊かな空間構成になっています。 上の階にいくほどセットバックさせ、 各住居がテラスと日当たりを得られる設計です。 パイプスペースは各住戸のスラブ上横引きのため、 多様な間取りを可能とさせました。 建物名称:ビラ・セレーナ (静寂な館) 所在地: 東京都渋谷区神宮前2−33−18 施工年月:1971年8月 構造:RC造 地下1階、地上7階建 総戸数25戸 設計:坂倉準三建築研究所(現、坂倉建築研究所) 施工:樺野組 |
ビラ・フレスカ フレッシュな館
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ビラ・セレーナに続き、 都心居住を考え、周囲に住居を配置したプライベートな中庭、中庭を見下ろすブリッチなど、 豊かな空間構成になっています。 上の階にいくほどセットバックさせ、 各住居がテラスと日当たりを得られる設計です。 建物名称:ビラ・フレスカ (フレッシュな館) 所在地: 東京都渋谷区神宮前2−30−22 施工年月:1972年8月 構造:SRC造 地下1階、地上7階建 総戸数20戸 設計:坂倉準三建築研究所(現、坂倉建築研究所) 施工:叶沼組 |
ビラ・モデルナ モダンな館
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都市居住、SOHOの概念となった作品です。中央のシンボルツリーと中庭を囲い ハイサイドライトをもつ各住戸が雁行し配置されています。見る位置、角度により、様々に表情を変化させ、まるで生きているかの様な幾何学的な造形美が現れます。 フロントは24時間スタッフが常駐し荷物のお預かり、配送などの対応しています。ロビーでは簡単な打合せに利用でき、貸し会議室(約35u)は月6時間まで無料で利用可能で、会議や展示会としても利用できます。 平日は清掃員が毎日ゴミの収集にきてくれなどのうれしいルームサービスもあります。 建物名称:ビラ・モデルナ (モダンな館) 所在地: 東京都渋谷区渋谷1−3−18 施工年月:1974年9月 構造:SRC造 地下2階、地上10階建 総戸数162戸 設計:坂倉準三建築研究所(現、坂倉建築研究所) 施工:樺野組 【2012.01.07更新】 只今、賃貸、売買にて空き物件有り! お問合せください |
ビラ・ローザ
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建物名称:ビラ・ローザ 所在地: 東京都渋谷区渋谷3−31−17 施工年月:1969年 構造:SRC造 地上10階建 総戸数19戸 施工:安藤建築 【2012.01.07更新】 只今、売買、賃貸にて空き物件有り! お問合せください |
なぜ、ビラ・シリーズの魅力は衰えない?!
| 魅力的なビラ・シリーズ、 約40年の時を越えてなぜ、未だに、 輝きを失せずオーラを放っているのでしょうか。 ビラ・シリーズの原点といわれる、ビラ・ビアンカが 誕生した頃の日本の背景は、 一体どういう状況だったのでしょうか。 ■ 戦後日本の住宅市場 ・1945年 戦後の住宅不足 住宅より日々の食料が 優先され、不足数420万戸(当時の住宅戸 数の1/3)にも上る数です。 ・1948年 建設省(現在の国土交通省)の発足 ・1950年 住宅金融公庫法成立 「建築基準法、建築士法」制定 徐々に住宅法制の整備が進められました 朝鮮動乱により好景気に入ります ・1955年〜 高度経済成長期 ・日本住宅公団(現在の都市基盤整備公 団)設立 ・階層別の住宅供給体制 低所得者向け「公営住宅」、 ホワイトカラー中間層向け「公団住宅」、 持家層「公庫住宅」 ※公団住宅は「団地」という新しい集合住宅を生み出す。それまで住宅は、食事も寝る場所もくつろぐ場所も全て同じ「茶の間」で行われていました。しかし、寝食事分離の考え方から「n+LDK」という間取りの考え方を欧米から取り入れ、日本人の住生活に大きな影響を与えていくこととなります。 ・1964年 東京オリンピック開催 ビラシリーズ 第1号 ビラ・ビアンカ誕生 東京オリンピックの真っ最中に誕生した「ビラ・ビアンカ」。オリンピックは、日本の高度成長の象徴でもありました。この当時、日本はオリンピックの開催に向けて新幹線、首都高速道路、オリンピックスタジアム等の社会インフラの整備のみならず、国民生活の高度化に寄与したカラーテレビの普及など、戦後の経済復興において、まさに、国民は日本のこれからの繁栄に熱く希望を抱いていました。 |
■ ビラ・シリーズのデベロッパーである、 興和商事の(故)石田鑑三会長がある取材でコメントを残しています。 欧米の住宅事情を視察しても「参考にしたいと思うものはありませんでした」、「自分たちでまったく新しい住宅を作るしかない。(略)最高のものを作ろう。20年先のことをやろう」と。 歴史にわかるように、その頃日本では、 裕福で成功した欧米の生活を夢にみて、 だれもが憧れの生活、理想像がそこにあると信じ、欧米の生活を真似しようとしている時代でした。 しかし、石田会長は、自分の考えを通し、本当にいいものを自分たちで考えてつくろうとしました。 そして、20年先のことをやろうと。 ビラ・シリーズが完成し、 その20年をはるかに過ぎ、 約40年の時が経とうとした今、 それらの作品は、色あせることなく、 オーラを放っています。 今つくられている、マンションや建物で この先20年後も色褪せない存在感を放つ建物はどれだけあるでしょうか。 |
お客様への満足度調査
ご成約頂いたお客様へ、満足度調査アンケートにご協力をお願いしています。
